お金持ちになろうと思ったら

「お金に本質的な価値はない」
ということを理解することが重要です。

お金を追い求めていると、お金は遠ざかっていきます。

お金ではなく本質的な価値を理解できるようになると、勝手にお金が入るようになります。


資産家は、現金をなるべく別の価値のあるものに変えようとします。
それは、現金には価値がないことを知っているからです。

現金をもつとしても、同じ通貨では持たずに、円・ドル・ユーロと、分散して持つようにしています。

現金は資産価値がだんだんと減っていく傾向にあるので
不動産や、株、金(ゴールド)、会社買収など
別の価値のあるものに変えようとします。

お金は便利なツールであって本質的な価値はありません。

元は物々交換だった

お金の概念は、人類の長い歴史から見ると最近になってできたものです。

我々はもともと、価値の交換をするときには物々交換をしていました。

自分がほしい価値と、自分の持っている相手が欲しがっている価値とを交換していました。

例えば、
「トマト3個と人参3個を交換しよう」
「いや、トマトのほうが大きいから、人参4個なら交換するよ」

「馬1頭と、米2俵を交換しよう」
「いやそれじゃ少ないからもう少しなにかくれよ、じゃあ塩もつけるよ」
「じゃあ交換しよう」

このようなやり取りをしながら生活をしていました。

ですが、お互いの欲しいものが合致しないと、物々交換が成立しない難点がありました。


そこで、”お金”の概念を作ったのです。

お金ができたときには、
貝、穀物がお金として使われていた時もありました。

しかし、複製ができたり持ち運びが難しかったりなどの難点がありました。

(貝なんかは、値打ちがわかりにくいですからね。)

そのうち、お金は金属が使われるようになりました。


1.価値があるもの
⇒例えば、ゴールドには希少性があり工業的な価値がある

2.客観的に値段が判断できる
⇒ゴールドは計測すれば値打ちを判断できる

3.持ち運びやすく保存が効く

貝や穀物などをお金として使っていくうちに、上の条件が必要だとわかり、金属がお金として使われるようになったのです。


この段階では、”お金”として使われていたものは価値のあるものでした。
米などの穀物であれば食料であり、金であれば工業価値があります。

このあと、価値のないものが使われるようになっていきます。

金属から本位貨幣へ

金属がお金として使われるようになってから、金属を持ち運ぶのも大変ということになり。

頭のいい人が今の銀行のようなものをつくり、本位貨幣というものができました。

金や銀をあずかり、金や銀などと交換を約束する貨幣を作りました。


金や銀そのものではなく、金や銀と交換できる券をお金として使うようになりました。

この時点では紙幣はまだ、価値のあるもの(金や銀)と交換できました。

本位貨幣から不換紙幣へ

内戦や戦争をきっかけに、政府が不換紙幣を発行するようになりました。

政府が価値を約束する紙幣です。

現在使われている”お金”は不換紙幣です。

不換紙幣は政府の信用がなくなったり、国が破綻してしまうと価値はゼロや著しく下がってしまいます。

少し前にジンバブエドルがハイパーインフレになっていました。
パンを一つ買うだけでもスーツケースいっぱいの札束が必要だったり。

基本的にお金はインフレ(価値が下がっていく)傾向にあります。

10年くらい前は、アイスはほとんど100円でしたが、現在コンビニをみるとほとんどが120円で販売されています。


お金の歴史は上記のように変化しています。

現在、一般的に使われている”お金”は不換紙幣であり、政府が価値を保証しているから価値を保っているだけで、本来なんの価値もないものなのです。

お金はチューリップの球根のようなもの

オランダでチューリップ・バブルがありました。

チューリップの球根に1億もの値段がついたことがありました。

チューリップの球根ひとつに1億です。

なぜチューリップの球根の値段が高騰したかというと、チューリップの球根を買えば儲かる
”チューリップの球根に価値がある”と思い込んだからです。

しかし、価格が高騰しきった時に人々は気づいたのです。
『チューリップの球根にここまで高い価値はない』
そして、高値で買う人もいなくなり球根の価格が一気に下落しました。

これがバブルが弾けた状態です。


現在のお金も、政府が保証をしていて、人々が価値があると思っているから価値を保てているのです。
国が破綻したら、ただの紙切れになります。

平安時代の人々に札束を見せても誰も欲しがらないでしょう。
ですが、お米1俵であればみんなが欲しがります。

これが本来の価値なのです。
札束よりもお米のほうが価値が高いです。


我々はもともと、物々交換をしていました。

そこに”お金”が入ってきたために、
相手が本当に欲しいものがわかりにくくなっているのです。

お金ばかりを追い求めていると、相手の本当に欲しいものが見えなくなります。
人々が欲しいものを提供していけば、お金は自然と集まってきます。